大島交流拠点施設​設計競技

Function

Location

交流拠点

愛媛県八幡浜市

前には海、見上げれば空が広がる大島。ここには、昔ながらの漁村風景が今なお残っており、島民は自然と共生しながら、のどかな生活を送っています。島を歩けば色々なところから声がかかり、お願い事をしても嫌な顔をせず助けてくれる。わたしたちは、そんな風景に感動を覚えました。一方で、後継者不足による島の存続に、一抹の不安を感じている様でもありました。私たちは、今ある風景を大切にしながら、島民の方が安心と安らぎを感じる事ができる「大島の家」を提案いたします。

01.新しいこころの拠り所となる家

「大島の家」は島民の方々が自由に集い、滞在し、語り合い、活動できる場として計画します。今まで大島で行われてきた日常の風景に寄り添い、今までの日常に心地よさと安定した環境をもつ空間を提供する事で、自分の家にいるような、ゆったりとした時間が流れる居場所づくりをします。

様々な活動を補完する様、外部と内部をシームレスにつなげる平面構成とし、「大島の家」を中心に多彩な居場所をつくります。島民の方々が、自らが心地よいと感じる場所を選択し、自由に活動できる場を提供します。

02.おもてなしの家

「大島の家」は島民の方々が日常的に使用する「新しいこころの拠り所となる家」である事により、島民の魅力的な
日常の風景に島外の人々が触れ、島民の家に招かれた様な、アットホームで温かみある交流拠点を目指します。


日常的に使用し、交流できる防災ルートが「大島の家」を中心として、現状の島全体をつなぎ、ひとつの観光名所と
なる事で、島にある本来の価値を島外の人々が体験できる場を創出します。

03.安心の家

現状、津波災害や原発問題など、後継者不足のみならず様々な問題に直面している大島。島民にとって潜在的な問題の様にも見えますが、この現状を無視する事はできません。わたしたちは大島の中心的な場所に建つ「大島の家」を、有事の際も島民の拠り所となる、日常と防災を併せ持つ空間とする事で、高齢者と若者が手を取り合い、協力しながら安心を感じられる家となる様計画します。


国交省発行の「災害につよいまちづくり計画」を確認すると、荷揚げ場のヘリポートや津波避難ビル、備蓄庫や核シェ
ルターなど、大島には様々な災害対策施設がある事がわかります。しかし、島を走る道路は共に幅員が3m 以内であり、
津波や家屋の倒壊で塞がれ、施設にたどり着けない可能性
も考えられます(2017 年2 月14 日の毎日新聞の記事に同内容記載あり)。「大島の家」の山側にある、既存の配水池を津波の際の避難場所とし、そこへ至るための、津波浸水想定ボーダーラインを可視化した「安心の階段」と「防災のみち」を整備して、「大島の家」を安心安全の拠点とすると共に、そこを起点としてばらばらに存在している既存の尾根伝いの避難経路や防災施設を連携しまとめ上げ、山道と海沿いの道路の両方から島全体へアクセスできる(2方向避難を確保した)強固な防災ネットワークを構築します。この防災ネットワークは、島に回遊性(2 方向避難を確保)を生み出し、山から、道から、大島を楽しめる散策道を兼ねた「歩いて楽しい防災ルート」となり、「大島の家」を中心に大島の魅力を発見・発信します。

安心を可視化した「安心の階段」
「大島の家」の西側に既存の擁壁を利用し、愛知県が発行している「愛媛県地震被害想定調査結果」より算出した、南海トラフ巨大地震の津波浸水想定高さを可視化した「安心の階段」を計画します。この場所は、「大島の家」から最短ルートで避難できる位置であり、「ここさえ登れば津波被害から助かる」というシンボルになります。

みんなでつくりあげる「防災のみち」
「大島の家」を中心に、既存の防災拠点や避難経路をつなぐ「防災のみち」は、防災ネットワークとしての役割と、散策路や展望台といった観光的機能をあわせもち、大島の魅力を再発見するきっかけとなります。
「防災のみち」は木杭階段とし、今ある自然を傷めず保全し、特別な技術がなくても施工できるものとします。
木杭階段は、SNS などで様々な人の寄付を募り、多くの協力のもとつくりあげます。島外の人が気軽に参加できる仕組みつくりをし、完成までの過程をみんなで共有する事で、インターネット時代の交流のありかたと、島の情報を外部の人々に発信するきっかけをつくります。

栗林賢次建築研究所 一級建築士事務所

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